ストーカー加害者にならないために健全な人間関係を築くかるべ

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加害者になったことがありますか?

僕は、今も加害者意識によく苛まれます。
加害者意識はもうそれはそれは歪んだ被害者意識みたいなものです。

加害者意識に従うと、RADWIMPSが歌ったように、謝罪大会は本当に。

参考記事:「DV彼氏と同棲していた」と友人には伝えていたけれど、自分にも非があるという気持ちは今もある件について当時のことを振り返りながら考えてみる

でも僕のストーカー性を強く強く押し込める上で、芸術とかセクシュアルマイノリティの文脈から身を引く必要性がありました。
その辺のお話。

前置き

加害者意識の告白は存在することは許されない/許されるの議論があります。
このことについてどのように議論をするべきなのかの方策も語られない。

議論の場を構築することができない。

そんな健全な秩序を僕は支持している。

でも、同時に加害者は、どこから、どの程度で、どのようにか、罪を償うスタイルを与えられる。
司法の話を聞き訊き話すことも僕には魅力的に感じるのだけれど、別にそういった一石としてこの記事を書くのではない。

このことに関して、程度の過不足をもう判断できなくなったのだ。
加害者に沈黙の生か死を課すのか、許される程度の罪があるのか。

程度などという言葉は矛盾でしかないよ。

うん。

僕のストーカー性とは

ストーカーの加害者の体系的なことは本や論文を読んでください。

インターネットも探したけど、あまり体系的にまとめられることもなさそう。
NHKのNEWS WEBの過去の特集が一番解説としては理解しやすい。

僕は芸術についての価値観がとても近い人と付き合ったことがある。

1年少し付き合って、他の部分で合わない部分が出てきてその時は平和に別れた。
別れてから1年は連絡も続いていたし、そのあいだ友達関係として続いていて、他の友達ともよく一緒に遊んでいた。

とはいえ、それまでのやはり僕は根本的に病的だったのだ。(と言ってしまうのが手っ取り早い)

僕がその時関わっていたもの全部から離れた時期に、その人へも僕はストーカー的な負の感情を膨らませてしまった。
参考記事:セクシュアルマイノリティはむしろ保守的なものだと知ってた?

ストーカー的というのは、

「どうして“芸術”に様々な境界性を問い直すという意義があるのに、僕はその“芸術”からも排除されるんだ??」

という疑問だった。

この気持ちこそが全ての根本で、全ての病原で、多くの人を傷付けた僕の悪だ。
加害者意識が悲劇のヒーロー意識とイコールでない場合なんて存在するの? ってくらいに自分がかわいそうでかわいそうで吐くくらいだ。

ストーカー行為とは

そもそも、ストーカーというのは「相手から意識をされることが幸せ」なのだ。
当時、僕は「お願いだからほんのちょっとだけでいいから忘れないで欲しいだけなのに…!!」という病気にかかっていた。
今なら僕がある程度のインパクトを関わった人に与えていて、それは良好なもので、笑顔を伴うものだとわかる部分が多くあって、健全さを保てる(このストーカー性の件について忘れているに過ぎない)。

望まれた思想を持つかるべ、望まれたキャパシティを持つかるべ、望まれた明るさを持つかるべ、など。
そんなものを勘違いを自分の中で膨らませ、人に訊くこともできず、爆発した時には手遅れで訊くことさえも相手を傷付ける以外の方法が見つからなかった。

そしてその矛先の中心をその人に向けていた。

「どうして“芸術”に様々な境界性を問い直すという意義があるのに、僕はその“芸術”からも排除されるんだ??」

言葉の暴力がお得意な僕は、自分を傷付けることが相手を苦しめることを利用して、「自傷行為さえも自分を許せなくてできない、だから苦しい」などと告げるのだ。
実際はもっとの言葉があった。

なぜエスカレートしたのか。
相手からついぞ拒絶されたからだ。

厳密には現在は拒絶ではない。
もうわからない、というのが実際で、当時の僕は極端そのもの、「連絡がない=僕が死んでも構わない」というところまで気持ちは増大していた。
(だから僕が飛び出した18歳の時の相手も、こういう気持ちだったのかもしれない)

留守電、手紙、詞と日記のノートを郵送する、そんなことをしていた。
この自分の行為を僕はうまく許すことができない。

怖いのは、もう僕が存在すること、それだけでいけないんじゃないか、と未だに感じる。

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参考詞:『食パン』 from Out of Rainbow

健全さの生産と保全

この記事でメインに言いたいことは健全さをどうして僕が少しずつ得てきたのかということです。

3つ。
1.社会福祉士の専門学校で人間関係を構築できたこと
2.自分でも真っ当に働くことができたこと
3.友達や便宜上彼氏と対等にいられること

世の中でアナウンスされている、「豊かな人間関係があれば…」「幼いころの家庭環境がよければ…」「学校での人間関係がよければ…」などクソくらえというくらいにここから僕が書く実践と奇跡は具体的だ。

1.社会福祉士の専門学校で人間関係を構築できたこと

僕は東大の院を中退した後、死んだように生きる為にも働かないとならないという意識で社会福祉士の資格取得を志しました。
試験勉強の一年は勉強的な大変さはあったけど、それよりも「人と関わるには自分であってはいけない」と考えていた僕は人間関係の方が不安でした。

そんな不安を打ち砕いた専門学校での人間関係は本当にうれしいものでした。

生意気なことも含めて、「社会福祉士を目指す人たちが僕のような“問題”を受け止められなくてどうするんだ」という気持ちで挑んだのですが、みんなさすがでよかったです。
ずっと演劇の界隈の下腹部で生きてきた自分には新鮮だったけど、「福祉」の土壌について素敵な理想をイメージすることができるようになりました。
(これも折に触れて記事を書こう)

覚悟が色褪せない様に再確認をしていこう、と思える。

僕は人間として生きていていいんだよな、って。
加害者意識をなんとか人間にする作業。
過去は変わらないけれど。

2.自分でも真っ当に働くことができたこと

専門学校の学費の分納分を自分で払うために、面接のタイミングなどの縁があって小学校で非常勤職員として働かせていただいていました。

(「働かせていただく」なんて表現、今後することはあるんだろうか。)

「病むことなく健全に全力で働く」という経験は本当に感謝している。

そして、生徒と教師の生命力がすごかった。

僕が伝えられるメッセージなどは、「考えること」「元気でいる権利があること」「大切にしたい人と折り合って、折り合わないで人間らしくいていいこと」だけなんだけど、僕が持っているこのメッセージがCC0のように空気に身に溶けるのがうれしかった。

僕もまた、多くの全てから教育を受けていること。

友人の死の時に気が付いたことだが、命が続くということは別の命に溶けるということだと僕は考えている。
この考えは、現在「子供を生み出せないゲイ」ということへの言い訳でもあったが、「家庭より学校での関係の方が重大」な僕には丁度良かった。

でなければ、血縁? 家というハコ? 家族という関係性? という話になる。
濃いものから薄いものまで(極端に)、あらゆる人間関係が全部影響を与えるなら(そして実際に僕が影響を受けているように)、僕の持つ優しいメッセージが忘れられても、もうそれは一つの幸せであり得ると思ったのだ。

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参考詞:『賞と罰』 from Out of Rainbow

3.友達や便宜上彼氏と対等にいられること

(便宜上彼氏については時が来たらまとめないとな、と思うけど多分しばらくまだ時は来ない。)

2015年の1月に、僕のストーカーの矛先だったその人との共通の友達でもある人と再会をした。
僕が意を決してその友達に会いに行ったのだが、そこは僕がいていい場所だった。

友達は笑顔でいてくれた。

年が明けた時、少しずつ元気を取り戻している自分と、うまく許せない感情をもうそのまま、全部そのままで自分でいられないだろうか、
そう考えていた。

これから福岡に行くという段階で、「僕が薄まるであろうこれからの未来に、なんとか、なんとか優しかった頃の自分を残せないか」
そう考えていた。

加害者意識は囁く、「また自分がかわいいんだ」ってね。
この記事を今まさに書いているが、今まではもう関わる縁はなくなるだろう、と踏んでいたのだ。
(記事を書いている理由は後述)
それに甘んじて、もし許されるなら、最後にささやかに謝罪大会しようと試みた。

あの優しい気持ちで過去も埋め尽くしたいと思うが、

でも友達は笑顔でいてくれた。
もう誰も傷付けたくないな、って思った。

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参考詞:『Star/Light』 from Out of Rainbow
友達に送ったもの。

保全

便宜上彼氏の存在は大きい。

対等でいることの難しさを互いに知っていて、でももう誰にもつけ込みたくないんだな、って。

別にセクシュアルマイノリティに限らないと思うのだけど、恋愛はつけ込めば(見かけ上)うまくいく。
不健全な僕につけ込まれなかった便宜上彼氏はすごいと思う。

もう誰も傷付けたくないという気持ちを大切にできる。

「手遅れ」をなくすには

「加害者にならない」というのは「手遅れ」をなくすことなのだ。
僕はこれからもきっかけがあれば自分を責め切ることができるが、「手遅れ」についてなくすことは少し切実に響く。

人間関係が「手遅れ」を防ぐなどというのは偉い人に言われなくてもわかってるんです。
問題は、そういった温かい人間関係を、ゼロからどう具体的に「手遅れ」になる前に築くのかだ。

僕は確かにその一つは「福祉」が役割を持つと感じている。
そして確かにその一つに「教育」もあると知っている。

でも他にも、「目の前の人が落としたハンカチを拾う」とか「他人の子供の泣き声に嫌気がさしても明日には忘れちゃおう」とかそういうのもあるのも知っている。
そしてそれらを布教するのは平和活動家の絵空事か独裁行為だというのも知っている。

個別具体的に見ていくしかない、という専門家の言葉が確かに一番正しいのだと僕も思う。
ただ僕が強調できるのは、見ることだ。
(見ることができてる時点で豊かな人間関係だと指摘される)

ゼロにはならないことを頭でわかっていても、心が諦められない。
(ストーカー的執着だと指摘される)

もし執着心を前に進ませられるなら、「大切にしたい人と折り合って、折り合わないで人間らしくいていいこと」をオミットデータ無しにうたっていくようなことしかないな、と考えました。
個の力の限界を知っていても、諦められない人間が、執着心のある人間がそれを続けないとしょうがないと、バカ。

(そして、程度問題と僕がいていいのか問題の加害者意識との対立を抱えることになる。)

問題を共有していく。一人で健全に考えることはできない。僕は僕を独裁できない。

(過去のことは置いておこう)
僕が何か的を外しているときは、便宜上彼氏が微妙な表情を見せてくれる。
自分の迷いも知っていて向き合ったり、面倒くさがってくれたりするのは貴重な優しさだ。

優しさ、つまるところ温かい人間関係っていうのは、不満も満足も対等に伝えることだ。
それが相手を真に傷付けない、って知っていることだ。

腫れ物なんてこの世にはないということを
僕ももっとはやく知っていれば。

加害者意識「なんでこんな記事書いて自己顕示欲で自分甘やかしてんの?」

僕は、さっき「縁はなくなる」と踏んでいたと書いた。
これは当時とどうにも少し予想と変わってきてしまいました。

それもこれも僕が元気を得ているせい。

“芸術” の話に、再び触れていくことを選んだ先週。
これが原因。

“芸術” について価値観の近い人を避けて演劇の話をもう僕はできないでしょう。
でも立ち向かっていくのも違う、って心はわかっている。
この程度問題をもう判断できなくなったんです。

矛盾を抱えていくことをブログについての説明で宣言したように、
こういったことを避けて話を始めるのも、こうして向き合って話を始めるのも、どちらも矛盾している。
参考記事:どこにいきますか?

向き合ったり、向き合わなかったり、
そのバランスを取ろうなんて、厳密に意識しすぎたり、しなかったり、
参考記事:考えることが「いいこと」とされることに腹が立つ

芸術もとい僕が言う演劇が人と人の関係性のことを指す限り、過去が消えてくれない。

人に歴史あり、などと言うが、
僕は人の話も聞きたい。

ストーカー加害者にならない

福岡に住んだし、東京から逃げだしてきたし大丈夫。

そして多分僕は東京では薄い色になってきたから大丈夫。

人間関係のこと、対等に付き合うのは本当に難しいし、
僕も別にたった一人に助けられたわけではないです。

もし、温かい人間関係を「手遅れ」になる前に築く具体的な施策を考えるなら、
“真実、排除をしない専門的に徹底されたグループワーク” しか思いつかない。

そんなかるべの話でした。

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