生存報告の一環で24時間自宅中継をUstreamで始めました

シェア?


タイトルのとおり、自宅中継始めました。

——プチ追記——
埋め込み再生できるのは2015年7月1日(水)からだとUstream Asiaがアナウンスしています。
書いてから記事内で再生できねーぞゴルァとなって調べたらわかった。Ustreamもお金が回ってないことがよくわかります。
スマホのブラウザではUstreamのサイトに行っても再生できなさい場合があるので、
iPhoneの方は上の、androidの方は下のをタップしてUstreamをダウンロードしてください。


Ustream
Price: Free

———————

 

なんだか誰もやってないのね。何番煎じかわからんが、やるしかないとなぜかこのことしか見えなくなるくらいに、生存報告が目的の一つでもある一連の流れの中で自宅中継をするということを1カ月ほど画策していました。

ちょっとこの辺のことを噛み砕ける範囲で解説を試みます。努力したけど解説になってないとかはあり得る。

スポンサーリンク

生存報告→自宅中継までを整理してみる

DSC_0274
これは自宅です。

まず要点を3つ。
・かるべって(精神的に)生きてるの?
・かるべって(身体的に)生きてるの?
・かるべって(社会的に)生きてるの?

という疑問が一つか二つくらい僕や僕を知る人にはあるという歴史があります。
(それだけ色々なことから逃げて生きてきたんですね僕…つらい(^O^))

「生存報告」をすることには僕自身がこの3点ともに満たして生きていきたいなぁ、という思いがまぁあるんだと思います。

要は元気なのか? ってこと

僕は元気です。

でも口だけ元気という手法を散々取ってきたので、もうそれはうんざりしてきた人生の行き止まりです。
なので、まぁもう少し活き活きとしてもいいのではないだろうか?
という周囲の人々への感謝です。

なんで活き活きしてもいいのかな、と思うだけで周囲への感謝になるのかわけわかめー!だと思うのでちょっとそれますが、そもそもの話を少しはさみます。

そもそも、自尊心を自分では生成できない

たぶん、「活き活き生きたい」という思いは自然に持つものなんだと思います。
でもこれはもう自然に湧き上がる人と、自然に湧き上がらない人がいるんだな、と会う人会う人に質問してきて感じました。

(教育とか環境とかの原因論に燃えた時期もありましたが、まぁ今は「とりあえず置いておける」ようになりましたので置いておきます。)

んで、僕は後者で「なんで自分を大切に思えるのかが理解できない」と散々いろんな人に言ってきました(^_^;)

自尊心を持てるときというのは、人間関係で自信をもらえたとき

もう一個、人を好きか人を嫌いか、も個人差があると思います。

んで僕は断然人が大好きです。人たらしです。
(これも原因とかは今は置いておきましょう)

だから人からなんだかかんだか言われると影響を受けるんです。そんで天にも昇れば沼の底も突き抜けて沈むこともあります。

「あ、なんだ自分も同じように人だから、元気でいていいんだな」と思うには人から元気をもらわないといけないんですよね。

(ホント吸いとるタイプなんじゃないかと思うとまた自分が嫌いになる)

ただ、本当に幸いなのですが、2015年現在「あ、元気でいていいんだな」と思えています。
ひとえに色んな人たちのおかげなんです。

話はもどって、元気な姿=嘘がつけないという話

さて、元気に生きるぞ! となるととにかくもう嘘をつきたくないんですよね。
ウソ、ダメ絶対。

そして生存報告ということが始まりました。
ただ生きててももうしゃあないというのはそれこそ物心ついたくらいからなんか思ってたので、不器用な生き方そのものですが、わりとしゃあない。

精神的に元気なのはわかった。でもちゃんと健康なの?

無職にとどまらず、無食という日を選び取ってしまうくらいには破滅的なところがあります。

「今じゃ誰も心配なんかしてないだろうな」ってことで、元気に自炊して生きることに意味を見いだせなくなっちゃうんですよね。これはもう18歳の頃からそう。なんかどっかの漫画で3日飲まず食わずはヤバイみたいな内容があったけど、動かなきゃ割となんとでもなります。

まぁただこれは結局精神的に元気でもないからとも言えるのですが。

そう思っていたので、しっかり反応のある物体存在としてあるということを何かしか示しておく必要がありました。

まさに老後。
(というより、僕は孤独死対策のことを真面目に考えている。)

今は福岡に引っ越し、彼と連絡を取ることが多いので僕が孤独死することもないとは思いますが、割と18歳~23歳の頃はこれは孤独死ありえるな、とマジで思っていました。
それくらいコミュニティなんてものは希薄なんです。仕事をリタイアしてからコミュニティを形成して対策していこうなんてどうかしてるぜ!(ないよりマシです)

社会性とプライバシーのこと

Webカメラで24時間自宅監視というシステムを導入するのは、それこそ福祉の話でも近年出てきたことですよね。割と記憶に新しい。

プライバシーの観点でよく対抗されるのもわかりやすいです。

まぁ、んじゃここはとりあえずプライバシーの感覚が些か狂っている僕なら実践には持って来いだな、とも考えていました。

法律に守られるというよりは、法律に合わせているというところはあるかも。
ただ、やるからには完璧でなければ、という気質があります。ミスってもいいと思いつつも生きていただけで気が付いたら知らなかったでは済まされない年齢になってしまうものだから、子供のころから完璧主義を施す日本の教育は別に間違ってないとも思う(唐突に皮肉だけど)。

そんで、生活の中で実際に気を付けないといけないことが増えました。

自宅中継を始めるにあたって

・裸族止めました
・テレビとか音楽とか著作権を守りながら孤独死対策をパブリックに持ってくのはちょっとあれなのはわかってたから無音にしちゃった(生活音だけ鳴らすのはちょっと現実的なシステムが思いつかなかった)
・部屋の場所ごとで生活のシーンをわけることで気持ちに少しメリハリがついた

まぁでもこの3点です。
芸能人とかイメージ戦略を用いる人間だったらもっとね、大変だと思うけど、所詮視聴者がいない時間だって普通にあるんですから完璧な孤独死対策になるわけがない!
でも、まぁ定期訪問みたいなのがUstreamにアクセスするだけでいいというのは楽なのかな…?
(これも定期訪問と一緒で3日くらいいなくても気にならない、みたいになるんですよどうせ。)

いびきひどいんだよー対策したいよーみたいなのも放送してしまいたかった(変態ですし)けど、無音なので断念。

よかったらたまに見てね

ソーシャルストリームでTwitterとか連携できるっぽいので、自宅でこうして作業をしているときとかだったらなんかポーズをとるとかそういう反応はできる、はず。

そんなかるべのお話でした。

スポンサーリンク

シェア?

フォロー?

質問や疑問は「お問い合わせ」よりご気軽にラフに肩の力を抜いてどうぞ。
かるべと「なにかしたい/したくない」などのコンタクトは[ウキボリ] をご利用ください。

コメントします?

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です